2008年05月09日

ザ・幸福論4■糖依存患者の歩ける幸福♪

 日雇い派遣会社の事務所に顔を出す中年の男はいつも白いマスクを口にかけたまま、テーブルのある折りたたみ式の椅子に腰掛けていた。
 喫煙者であるらしく、タバコを吸う時は、マスクを下にずらしている。

 唇が変形しているのだ。
 火傷を負ったみたいに、唇がないのである。

ある日、「コーヒーでも飲まないか」と声をかけたところ、「糖尿病だから」といって、やんわりと断られた。

糖尿病と唇の変形が関連があるのかどうかは、あくまでもわからないことである。
ずっと以前、唇の変形した人から毎日のように牛乳瓶に砂糖を三分の一を入れて飲み続けていたら、発症したと突然打ち明けられたことがある。
これの単純類推によるものだから、一見は火傷みたいだけど、病的な糖依存の食生活を送ったためとみている(臆断)。

 一般的には、唇の端が切れる。
 胃酸過多やビタミンD欠乏が原因とされ、蜂蜜をなめると治ると言い伝えられている。

(唇の変形の持つ象徴的な解釈をあえて行うならば、性的アピールの後退であろう。旺盛な食欲が性欲には逆転するような生理学的な現象?)


一般的な症状は、舌に生えるコケであろうか。
糖尿病とこのコケに関係する記述が見当たらない。
本気になって探せば、見つかるかもしれないが、この(摂取過多の)コケが唇の変形に関係しているとみている。

糖尿病患者の建設現場での仕事ぶりは、マイペースである。
このマイペースな仕事ぶりを嫌って急がせたりすると、彼は筋肉痛に苦しめられることになる。
なぜなら、糖の供給が間に合わず、筋肉が悲鳴を上げているからだ。
いわば金融恐慌に似たパニック現象を引き起こしているのが、筋肉痛だ。

私は今この筋肉痛から解放されて、普通に歩ける喜びを味わっている。
これには粗塩の摂取が関係しているが、この点は前に書いた。


糖依存とは、根源的な「幸福」を獲得するより直接的な手段である。
この幸福を破るものが、ほかならぬ糖尿病の発症なのだ。


治療の道を歩くとは、いわば自立の道を歩くことではないのか。

ずるずると根源的な「ミルク」の味に溺れていたのでは、治療の道から遠ざかるのみ。


(書きかけ)
posted by 9組の秋六 at 04:41| 福岡 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本当に突然のコメント失礼します。私は澤田と申します。ナンパ日記を書いております。

http://signup77.blog109.fc2.com/

コメントが不快なら削除お願いします。ブログ拝見しました。とても素晴らしいブログですね。
すごく良いブログだったので、思わずコメントしてしまいました。また、じっくりと過去の記事なども読ませていただきます。
もし宜しければ相互リンクしていただけるとありがたく思っています。
Posted by 30代の澤田(工場勤務) at 2008年05月11日 00:22
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