2007年10月31日

児童虐待■虐待の連鎖とは、何か?

 児童虐待を行う原因とは、何か、とテーマ化した場合、真っ先に囁かれるのが「虐待の連鎖」である。
 しかし、実際の使用例をネットで調べてみると、観念的・思弁的なものが多いのが実情である。
 たとえ具体的な事件例があっても、「虐待の連鎖」と短絡するものが多い。

 たとえば、下のような被告の証言をニュースで知って、「虐待の連鎖」とブログの記事に書き込むケースが多々見られる。


 >弁護側「何をしていた?」
 鈴香被告「最初は仲居さんをしていたが、じきにコンパニオンのほうが収入がいいということで、コンパニオンに変わった」
 弁護側「今度は父に連れ戻された?」
 鈴香被告「父とおじが探しにきて、車で寝泊まりして探していると耳にし、自分から出ていった」
 弁護側「なぜ探しにきた?」
 鈴香被告「連絡しないで家を出たからだと思う」
 弁護側「帰ってからはどのように暮らしていた?」
 鈴香被告「1、2カ月は監視つきのような状況だった」
 弁護側「具体的には?」
 鈴香被告「たばこを買いに行くにも、家から100メートルなのに、玄関から立って見ているとか、買い物に行くときには連れていかれ、1人にならないようにという感じだった」
 弁護側「仕事は?」
 鈴香被告「しようとすれば自由になれると思い探し始め、能代のレストランでウエイトレスになった」
 弁護側「そのほかの仕事は?」
 鈴香被告「そこに集まる飲み屋のママさんたちに誘われ、夜ホステスのようなことを1カ月から2カ月していた」
 弁護側「父に見つかったことは?」
 鈴香被告「あった」
 弁護側「具体的には?」
 鈴香被告「帰宅時間はいつも同じ1時か2時で決まった時間なので、真っ暗な部屋に帰ってきたとき、『待て』と声をかけられ、びっくりした」
 弁護側「それからは?」
 鈴香被告「『お前な、ホステスしているのは分かっているんだ。芸者にするために育てたのではないんだ』と、殴るける、髪をつかんで引っ張り、引きずり回されたりしました」
 弁護側「暴力はその後もあったか?」
 鈴香被告「それが最後だったと記憶している」
 弁護側「それからの生活は?」
 ・・・
【鈴香被告法廷ライブ(3)】仕事を始め、初めて楽しい生活…前夫は能代の浜で“逆ナンパ”
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/95018/

 見られるように、未成年虐待のケースではない。というのは、その後は繰り返されてはいないし、それ以上に、娘の将来を案じる父親の愛情表現が伝ってくるが、どうだろうか。

>・・・
しかしそれでも この記事を見て思う。
子どもは親を選べない。
そして不幸な子どものほとんどが 虐待の連鎖を断ち切れない。
鈴香自身が虐待の被害者なのだ。
理不尽な虐待の中で育った彼女には 人の愛し方がわからない。
その結果が 倫理・感情の欠如を招き 犯罪を招いた。

http://shoko3848.blog33.fc2.com/blog-entry-427.html


 かと思うと、「虐待の連鎖」とタイトルを出しながら、後で、看板を下ろすケースもある。


■虐待の連鎖 専門家たちによると、自分の子どもを虐待する行為の背後には、親自身が子どものころに自分の親や大人から受けた心の傷が存在している場合が多い。そうした子どもは、その後の人生でも、対人関係やさまざまな日常行動の中で、1=「虐待的な扱い」を受ける体験を繰り返したり、2=立場を代えて逆に虐待する側に立つことで、自分の人間関係を「再現」してしまうことがあるという。美保や内縁男性について、この点は明らかになっていない。
「子ども虐待 家族間暴力の現場から 第2部7/心の傷・きょうだいに影響も」
http://www.saitama-np.co.jp/main/rensai/kazoku/gyakutai/vol02/gyakutai2-7.htm

 他には、「幼児的万能感」が関係しているにもかかわらず、エスカレートする幼児虐待を「虐待の連鎖」と処理されているケースが見られる。




 <最初は、すごい抵抗感があったが、繰り返すうちにだんだん癖になってしまったんです>
 これは昨年七月、三豊郡内で生後九カ月の長女をせっかんで死なせた父親(23)の供述調書の一節だ。「娘が懐かない、言うことを聞かない」などささいなことが暴行の理由だった。
 ここ二年余りの間に、県内で摘発された幼児虐待事件は九件。被害者は生後二カ月から五歳で、三人が死亡、ほとんどが重傷を負った。ことし八月には丸亀市内で父親(25)が泣きやまない三カ月の女児を殴り、傷害容疑で逮捕された。女児は現在も意識不明の重体のままだ。・・・

 ●エスカレート  供述調書からは、通常の事件報道からはうかがい知れない、すさまじい虐待の実態が浮かび上がる。
 冒頭の三豊郡内のケースは、夫婦と女児の三人家族。生まれた時は「うれしかった」という父親が虐待を始めたのは、子供が四カ月になったころ。背中をつねったのが最初だった。
 <いけないのは分かっていたが、腹が立つと止まらなかった。初めは二、三日の間隔だったのが短くなり、一日に二回もするようになった>
 暴行はエスカレートする。体中をつねる、たたく、かむ。両腕両足をひねり上げる。さらに両足を持って逆さづりにし、両手で首を絞めることもあった。女児の体には傷が絶えず、古いあざが消えては、新しいあざができたという。
 生後七カ月で女児が病院に運ばれた時には、両腕両足が骨折し、一本の骨に何カ所も折れてくっついた跡があった。左右のひじは完全に伸ばせず、内側にもあまり折り曲げることができなかった。
 父親も反省し、いったんは虐待も収まったかに見えた。が、女児は退院から一カ月もたたずに死ぬ。泣きやまないことに腹を立てた父親によって、胸を踏み付けられ、両手で首を絞められて。
>だが、父親は娘を嫌っていたわけではないと言う。<本当は、うんと懐いてほしかった。でも、嫁さんばかりに懐くので悔しさもあったんです>

 父親の潜在的な幼児的万能感については、なんと言えばいいだろうか。
 下の引用にあるように、それは男を酔わせる。
 道を歩いていると、棒切れが落ちていたので、拾った。ふと気づいてみると、棒を振り回していた、というように、その間の記憶が欠落しているのが普通だ。
 その間に、正視しがたい残虐なことが行われているものだ。

>―タンスに閉じ込めるなどの行為は信じられない。
 橋本 何かやり出したときに歯止めが効かない現象がある。少年事件の例を引くまでもなく、相手を死ぬまでたたきのめすという行動が目に付くようになってきた。虐待も同じだ。ダメージを受けた子供を見るとやめるだろうと思われるが一端、たたき出すとこれが止まらない。

 ―気持ちがいいのか。
 橋本 なぐること自体に酔うんじゃないのか。
・・・
   ◇    ◇
はしもと・みか 愛媛大医学部卒。香川医大精神神経科学教室、馬場病院を経て、平成2年から現職。39歳。岡山県出身。

大西正明、山田明広、山下淳二が担当しました。

(1999年9月6日四国新聞掲載)

http://www.shikoku-np.co.jp/feature/tuiseki/065/index.htm


こうして消去して後に残ったのが、ネットでトップにランクインの「虐待の連鎖」。

http://www6.ocn.ne.jp/~kokoro/top/gyakutai/BNframe.html

 しかし、私は勘違いだと思っている。確かに、氏の受けた親からの虐待は解離性人格障害を引き起こし、記憶傷害症を伴うはげしいものだとしても、やはり、 「虐待の連鎖」というものではないと思っている。

 強いて言うならば、「世代間連鎖」ではないのか?

 それでも必見の価値は十分にある。

posted by 9組の秋六 at 04:45| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡崎のホームレス連続襲撃事件■幼児的万能感の仕業か?

イジメ殺人の内的なドラマとして、下にあるような四つの段階を想定しています。

  T 彼Aは、みすぼらしい自己像を抱えて悩んでいる(社会的な孤立)。
  U Aは悩みの解決手段として、家庭内やグループ内では超越者として振舞おうとする。
  V バタラーAと被害者Bは、「私は彼である。彼は私である」といったアイデンテテイで結ばれている。
  W イジメの被害者Bはやがて、超越者Aのニエにされて殺される(ドラマの破綻)。

 検証と書くと、ものものしくなりますので、岡崎のホームレス連続襲撃事件について考えをすすめてみます。
 ただし、この件例は、イジメではなく、リンチ殺人です。

 T 自分は取るに足らないつまらない存在とは、誰しもが一度はもつ自己意識とみてよいでしょう。
 主犯の木村邦寛(28)容疑者の場合は、強大なプレッシャーを感じて押し潰されそうになるために、自己は無力な存在と思わざるをえなかったのではないかとみています。
 一種の神経症状を呈していたのではないかと考えるのは、父親が自営業をやっており、後継ぎとしてのプレッシャーに普段からさらされていたのではないでしょうか。
 この考えに根拠などありません。このように父子の関係を設定すると、都合がいいというだけのことです。

 U 木村容疑者は、(父と比し)無力な自分に悩んでいたと思っています。
 悩む一方で、父親のような全能な姿にあこがれていたと思います。
 この全能感は、手下の中学生を自由自在に操ろうとしたことで、容疑者のあこがれる全能者の姿が見え隠れしています。
 新聞の報道記事によりますと、はじめは「万引き」を中学生に命じています。
 次に、「金目当て」の犯行として、酒に酔った通行人の襲撃を計画しますが未遂に終わっています。
 ここで、容疑者の犯行の手口として、根気のなさが読み取れると思います。
 行き当たりばったりといいますか、アウトサイダーの悪知恵と比べると歴然としています。
 ノウハウを蓄積して悪のプロ集団になるという考えのないことは自明です。

 V 「金目当て」の犯行として、11月中に8件ものホームレス襲撃事件を起こしています。
 前にも書いていますが、「金目当て」の犯行とみるには、この連続襲撃事件はあまりにお粗末です。
 たとえ容疑者が路上生活経験者で、ホームレスの方が「多少の金を持っている」という内実を知っていたとしても、ばかげています。
 「テント生活、一等地は三千円」といううわさを聞いています。
 ですから、この税(ショバ代)の徴収の目的の犯行なら、この事件の持つ一つのなぞが解けることになります。
 当然、彼のあこがれる全能のイメージもみえてきます。それは、書くまでもなく、ヤクザでしょう。

 この事件は、ホームレスにアイデンテテイを覚える者の仕業と見ています。
 「私は彼である。彼は私である」といううるわしい愛情表現も裏返してみますと、愛憎紙一重ということをこの事件は物語っていると思います。

 W 容疑者の人格は、二つに割れていたと見ています。昼間は光にいらつく己の存在と、夜になると回復して、全能の力を取り戻す己の存在です。
 正確ではないかもしれませんが、この8件ものホームレス連続襲撃事件は夜に集中して起きています。これは全能感にあやかってのこととみています。
 ですから、「金目当て」の犯行というよりは、容疑者の幼児的全能感を満たすための犯行と考えています。

 11月19日の深夜に花岡美代子さんは、工事現場にあった鉄パイプで殴られたりして殺されていますが、その前に容疑者が安全靴で蹴りを入れたとしますと、女性憎悪の持ち主といえると思います。
 花岡さん殺害事件は、誰が最初に暴行を仕掛けたのか、この点に関しても注目しています。

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posted by 9組の秋六 at 03:48| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月30日

佐世保市小6女児殺害事件A■ミニバスケットボール部とブランコの持つ蟲惑

 たとえば、公園の真ん中にブランコという遊具がある。
 ところが、姉妹用に二つのブランコがあればいいのだが、ひとつしかない場合、母親はどちらの娘のものというだろうか?

 このケースでは、男の兄弟であれば、兄が先、弟が後、と順番をつければ、それで片付くとこだが、女の子の場合は、そういうわけにはゆかないだろう。
 というのは、女の子の場合は、ブランコで遊ぶことよりも、大好きな男の子の遊び相手となる、美しいブランコになりたいと思っているからだ。

 それでなくてもこの年代の女の子は、恋愛の準備に余念がなくて、ミスは絶対に許さないという、ぎりぎりの生き方をしているものだ。
 仮に乗り遅れた場合、親の介入が一番の原因と考えられるならば、それこそ死ぬまで根にもつことだろう。

 生まれた時点で姉が居るということは、妹にしてみれば、初めからひとつしかない席を巡って、椅子盗りゲームを強いらされているようなものだ・・・。


 この同級生殺害事件の背景には、姉との間のお茶の間のテレビのチャンネル争いにも似た、熾烈な争いが日常的(無意識裡?)に繰り返されていたからこそ、前景に飛び出たものが他ならぬネットでの争いといえるのではなかろうか。

 被害女児は、加害女児にとっては<姉>であったし、恋愛を妨げる妨害者として立ちはだかった時、めらめらと蛇のような内なる火が燃え上がったのであろう。


 このような考え方ができるならば、加害女児にとってミニバスケットボールとは、ジャンプする「美しいブランコ」に化けられる絶対的な遊具であったといえるのではないだろうか?
posted by 9組の秋六 at 01:27| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月29日

佐世保市小6女児殺害事件■特異点の明らかなケース

分析ノート■長崎新聞記事より抜粋

殺害場所■学習ルーム

>六月一日正午すぎ。大久保小では給食の準備が始まっていた。加害女児(11)は怜美さんを学習ルームに誘い出し、いすに腰掛けた怜美さんの背後へ回った。右手にはカッターナイフが握られていた。

註)加害女児の自宅ではなく、「学習ルーム」という点に着目。自ら退路を塞いだ上での犯行という見方ができる。

殺害時刻■正午過ぎ

>同上

凶器■カッターナイフ

>同上

事件の背景■「重い」?

>「重い」。五月下旬のことだった。女児をおんぶした怜美さんの何げない言葉が許せなかった。文句を言ったが、逆に怜美さんのHPで反論された。トラブルは、怜美さんら複数のクラスメートと回していた交換日記でも起きた。女児は日記の最後に「NEXT」の言葉と次の担当者の名前を書き添えていたが、怜美さんらがこれをまね始めたことに立腹。「パクらないで」と不満をあらわにし、オリジナリティーへの強いこだわりを見せた。

加害女児の性格■いい子ぶる?

>幼いころから泣くことが少なく、おんぶや抱っこをせがんで甘えることがなかったという女児。家族にとって「育てやすく、一人で過ごすことを好む」子どもだった。

註)もし、「いい子ぶる」という悪意に満ちた被害女児の言葉が的を射るものならば、加害女児は居心地の悪くなった「性格」から脱皮をはかる必要が迫られていたことになる。

家庭環境■女児は父母と姉、祖母の五人暮らし

>「その子は家の中でよく泣いていた。父親が居ると緊張し、居なくなると笑顔を見せた」

>佐世保市の小六同級生殺害事件の加害女児(11)を知る関係者は語る。

>女児は父母と姉、祖母の五人暮らし。周囲には「教育熱心な親」と映った。「夕方五時までに帰らないと。一分でも遅れたらお父さんにたたかれる」。女児は周囲に漏らした。

>関係者は女児の印象を「まじめで親の前では何も言わない子。いい子のふりをしていた」と証言する。

註)惜しいかな、姉との関係が見えてこない。
 対社会的な態度が父親への気持ちと重なるならば、加害女児は「いい子」を演じるだろう。

特異点■ミニバスケットボール部を辞めたころ

>「おまえ、うざいんだよ。とっとと帰れ」

>五年生も終わりに近づいた今年春。事件の加害女児(11)は、同級生の男子を怒鳴りながら追い掛け回した。男子をたたいたり、けったり、自分の頭を壁に何度もぶつけたりもした。

>「優しい子」という周囲の見方が変わり始めた。「最近、怖いよね」。同級生らは攻撃的になっていく女児から次第に離れていった。

>授業中に漫画を描き、ほおづえを突いて居眠りする。以前は見られない姿だった。はた目にも、女児の変化は明らかだった。

>同級生の保護者の一人には、思い当たる原因がある。

>女児は二月ごろ、好きだったミニバスケットボール部を辞めた。「お母さんに辞めさせられた。辞めたくないのに」。同級生にそう漏らした。女児が変わったのは、それ以降だ。
>だが、同級生は女児の変化に気付いていた。「五年生に上がる前から暗くて怖いイメージが強くなって、存在感も薄くなった」。さらなる転機は今年二月、ミニバスケットボールを辞めたころ。女児は「辞めたくないのにお母さんに辞めさせられた」「お父さんが怖い」と口にした。

>女児は昨年十二月、自分のホームページ(HP)に自作の詩をつづった。「うぜークラス/ごく一部は良いコなんだけど大半が汚れすぎ。寝言言ってんのか?って感じ」。事件直前の五月、同級生男児を追いかけ足げりするなど暴力的行動が目立つようになった。

註)ミヤサキにおいて、P(=play)とM(=murder)の問題として提起できるならば、この女児の場合は、N(=normal)とA(=abnormal)の問題として提起できることになる。


■殺害を意味あるものと転換させたのは何か?(書きかけ)

 うつの脱出法として、同級生殺害はやむをえざる選択?

 この仮説が立てにくいのは、うつはすべての行為を無意味と処理してこそ、真性のうつと診断できるからだ。
 とすれば、残るは仮性のうつ?

■3種の仮説の検証(書きかけ)

T 出世コースの離脱者で、根源的な依存者である。
U 女児殺害は、願望挫折に伴う、報復行動である。
V 経済的ボスと行動的なリーダーの2面性が顕著。


Tは、父親への恐怖心ゆえに「いい子」を演じていたノーマルな女児が「いい子ぶっている」と悪し様に言われた時、それまでの居心地のよかった「性格」をとっかえる必要に迫られたことがきっかけになって、本当は「悪い子」と開き直ったゆえの犯行と見ている。
 結果的に、人格的な破綻ゆえの犯行ということは、専門家は見ているし、私もそう考えている。
 根源的な依存状態は、仮性うつを仮定すべきか?

Uは、ミニバスケットボールの退部が願望の挫折(静かなるトラウマ)に関係し、この報復的な行動が玲美ちゃんの殺害にどう関係するかは、疑問。
 表層的な願望の挫折は、「やめてよ」というのに、ネットに悪口が書かれたことか。

問題点■なぜ母親は、ミニバスケットボールを退部させたのか、この点が謎として残っている。

Vは、この事件の背景には、姉とのライバル関係があるとみている。

 これは、事件直前の加害女児の描いた絵を見れば一目瞭然と思っているが、学校の関係者が「マスコミには何もしゃべるな」というような状況の中では、無理な話か。

 女性とは、本質的に、センター機能を有する、尻の重い「ボス」的存在と見ている。

 この陰性のボスが、リーダーというあの陸離たる、真に男性的な行動にジャンプするのは、やはり、双脳的な存在の証といえるのではないか。


 事件の持つ禍々しさを見つめ、再犯防止のために検証することも大切だが、一方で、進化の道を歩んできたであろう、一個のアウトローの、禁止という禁止を跳び越えてきたヒトたるはるかなる道のりに想いをいたさずにはいられなくなる。




引用:「長崎新聞」http://www.nagasaki-np.co.jp/press/syou6/index.shtml

参考:「事件一覧」http://www.nagasaki-np.co.jp/press/syou6/index.shtml
posted by 9組の秋六 at 03:45| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月28日

お宝のミヤサキ論・連発A■山林の意味と「子午線」

gz08.gif リスクを冒してでも、今野真理ちゃん(当時4歳)を被告の思い出の詰まった場所に連れて行ったのは、それ以上の意味があったからだと考えられます。

 「山林=異界」と書きますと、唐突の印象を与えてしまいそうで気になってくるのですが、第三者にとっての目の前にある「山林」とは、木々が欝蒼と生い茂った・ただの山林でしかありません。
 しかし、化け物が棲んでいたジャングルとして、映画などで、二度目に見る時は、最初に見たときとは、違ったジャングルとして見ているはずです。

 なぜ違うかと言いますと、そのジャングルが映像効果によって「怖い」という意味を付与されたからです。
 映像効果によって、それまでの退屈なイメージでしかなかったジャングルが「魔物が棲む異界」と転換されてしまうのです。

 宮崎被告にとって近くの山林は、おっかないという意味は多少は残っていたでしょうが、やはり、幼児の楽しい思い出の詰まった「楽しい異界」であったと、いえるのではないでしょうか。

 大好きだった祖父の亡き後、世間的な常識で頭の中がふやけていた父親や母親や妹や親戚との関係は被告を苛立たせたはず。
 個室は彼らとの関係をシャットアウトできるひとつの密室だったでしょうが、それとは別に、山林は解放的な、(森林浴を兼ねた?)癒される別空間ではなかったのではないですか。

 当時の被告は、家業手伝いの身分ですから、仕事に倦むと、職場を抜け出して何度となく近くの山林に潜り込んでは、山の斜面に寝転がって、「現実逃避(あるいは、幼児退行)」の幼児時代の甘い思い出に浸ったのではないですか。

 そういう意味のほかに、「山林」には、次に挙げるような二つの意味があったと見ています。

  一、「南」という方向性の持つ、「暖かい」というイメージに表される「保護」や「安全」の意味。
  二、四歳という真理ちゃんとの、象徴的な関係(幼児退行)。

 陰陽五行でいう「南」は、「父親」を意味しますが、被告が実感していたのは「南の暖かい国」でしょうから、「母」のイメージではなかったかと思っています。
 上の地図にある、記号EとF(省略)は、栃木の殺人鬼小平義雄の二箇所の殺害現場を示しています。
 栃木は内陸ですから、冬は特別に寒い土地柄でしょう。「南の暖かい国」というイメージ願望は格別に強いのではないでしょうか。

 小平は栃木の日光の出身ですが、殺害現場は栃木県内と東京都内の二箇所に絞れます。
 調べてみると、上の地図(省略)のように、子午線が引けます。
 これを私は「殺域」と読んでいますが、小平と宮崎の二人はいずれも生地よりも南側の場所を選んで殺した点で共通しています。

 宮崎が近くの山林のどこで殺害したかは特定できませんが、自宅の「真南」ではないかと推理。
 もしこれが事実ではないにしても、「殺域」の存在が証明できれば、犯人の住処がしぼりやすくなり、早期逮捕につながるのではないですか。

 例外としては、愛知県岡崎市で起きたホームレス花岡美代子さん(69)殺害事件があります。
 この事件の首謀者である木村寛邦容疑者は、実家(同県幡豆町)と殺害現場は、「真北」の関係にあります。確かに、「真南」ではないですが、子午線は「健在?」しています。
posted by 9組の秋六 at 10:42| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お宝のミヤサキ論大公開・連発ショーC■「美しい娘の・王」と赤ちゃん神

701004 468.jpg PTSD(心的外傷)患者の日常とは、どういうものだろうか?

 彼の前には、道を阻むような障害物は、きれいに取り除かれている。
 なぜなら、一度ならず壁にぶち当たって、挫けて傷ついた己を護るために、自宅の一室に籠もっているからです。

 無論、日常という時間を生きている。この状況は、トンネルに喩えられるはずです。
 彼の目には、出口の明かりが見えている。しかし、その出口に意味が見出せずにいます。
 出口が見えているのに、無意味な朝がはじまり、無意味な昼を過ごし、無意味な夜を迎えて、無意味な一日を仕舞う。
 そうしてまた、無意味な朝が訪れる。・・・
 薄闇の中で、「こもり」の均一の時間が流れている。けだし、それだけの生である。

 私は今、自分がPTSD患者の一人であることを自覚している。
 この想いを、宮崎勤被告にぶっけてみることにする。


 日本型コンプレックスは、「美しい娘の・王」への複合的感情を意味すると考えています。
 彼神は、娘であることにより愛されますが、一方で、王であるために畏怖感情に襲われます。
 この日本人固有の神の持つ不幸は、具体的なイメージに結びつく証拠がひとつとして残されていないことです。
 ただ、コンプレックスとして日本人の意識下で生き続けておりますから、その存在を仮定することができるのです。

 王としての恐怖の念を取り除けば、彼神は竹取物語のかぐや姫のように、ラブリーな少女として物語の世界に登場してきます。
 現代ならば、アイドル顔にして巨乳の美少女が日本型コンプレックスを持つ男たちの処女崇拝の対象になることでしょう。
 最近では、3年前に起きた長崎小6女児殺害事件の加害女児生徒がロリコン男たちの間で、処女崇拝の対象になりました。

>佐世保市の小六女児同級生殺害事件の加害女児(11)は昨年末ごろから、自分のホームページ(HP)に「衝動」を吐き出すようになった。同級生を激しくののしる言葉、暴力的な自作小説…。前後してクラスでの言動も荒れ始めた。「(HPの)掲示板に嫌なことを書かれたから」。女児は、殺害の動機をそう語った。

>事件後、ネット上の掲示板に、加害女児や被害者と称する顔写真や氏名、自宅の写真など個人情報がはんらんした。昨年長崎市で起きた男児誘拐殺害事件後も、加害少年と称する画像がネット上を飛び交った。今回は加害女児を「かわいい」「悪くない」と崇拝する「ファンサイト」まで出現。ネット社会の「病理」は深化している。
2004年7月4日長崎新聞掲載
ソース:http://www.nagasaki-np.co.jp/press/syou6/kikaku3/04.html

「殺害」によって恐怖の記号が女児に付与された時、もうひとつの記号を求めて彼らは熱狂的になりました。「美少女」であるかどうかです。
 この評判がネットでうわさされると、待望の・ぼくらの願望を叶えてくれる・恐怖の「娘王」の誕生と色めきたったわけです。

 彼神への願望と恐怖という、根源的なアンビバレンツの感情は、正比例の関係ではなく、逆比例だと考えています。
 つまり、娘を母神に置き換えると、その分、恐怖の念が薄められ、反対に、娘を幼女神にすると、恐怖心が強まるのです。
 この考えをさらに推し進めれば、生まれたばかりの女の赤ちゃん神は、度し難いほどの恐怖の威光を放っていたことがいえると思います。

 私たちはなぜ生まれたばかりの赤ちゃんを大切に育てるのでしょうか?

 この問いに対する現代的な説明は、すべて蛇足です。
 なぜなら、彼が神としてこの世に生まれてきたからです。

 そのくせ、なぜ彼赤ちゃん殺しが絶えないのでしょうか。
 これも、彼が神だったからです。


 ミヤサキの連続幼女殺人事件を解明する鍵が、このコンプレックスに隠されていると思っています。
posted by 9組の秋六 at 04:20| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お宝のミヤサキ論・連発B■ミヤサキ・ツトムの経歴

miyasaki731201c.jpg昭和37年8月21日 東京都五日市町(現在、あきる野市)の地元新聞会社経営の父親の長男として出生
生まれつき両手の掌が上に向けることが出来ず、いわゆる「頂戴ポーズ」が出来なかった。このため宮アは幼稚園でのお遊戯が「死ぬほど辛かった」と供述している。
中学生のころ テレビ番組をビデオ録画して収集する趣味を持つ。
昭和53年4月 明大付属中野高校に入学
学友は、宮アの記憶が殆ど無く「目立たないくて暗い人間」という声が多かった。

昭和56年4月 東京工芸大学(短期部)の画像技術科に入学
この頃、宮アはパズルに熱中し専門誌にパズルの回答を頻繁に応募していた。が、異性に関しては宮アは手の不自由さからコンプレックスを抱き、興味を持っていない様子だったという
1982年秋 カメラやビデオカメラを持ち歩くようになり、テニスルックの若い女性のバンチラ撮影を始める(裁)
1982年(S57)末 子守であった住み込み人がいなくなった。奇妙な風邪薬の大量服用も見られた。(ウィクペディリア)
昭和58年3月 短大を卒業

同年4月 父親の紹介で東京都小平市の竹内印刷会社に就職
同年夏 幼女の裸体や性器を写し始める。
被告人の居室から押収した女児の裸体写真は、84年(S59年)もしくは85年(S60年)の夏に撮影。
昭和61年 3年後に同社退社。

昭和63年5月 宮アが唯一心の拠り所にしていた祖父が脳溢血で死亡。
万引きは、祖父の死後にはじまる?(宮崎裁判)
昭和63年8月22日 今野真理ちゃん殺害。この日は、被告の誕生日の翌日にあたります。
昭和63年10月3日 埼玉県飯能市の吉沢正美ちゃんが行方不明。
昭和63年12月9日 埼玉県川越市で、難波絵梨香ちゃんが行方不明。
昭和64年2月6日(月) 埼玉県入間市の今野真理ちゃん宅の玄関ドアの前に、骨などの入ったダンボールが置かれる。
昭和64年2月10日(火) 東京都中央区にある朝日新聞東京本社に、「犯行声明」が郵送される。差出人は、「所沢市 今田勇子」。
平成元年3月11日 同都同区の朝日新聞東京本社に、「告白文」が郵送される。差出人は、今田勇子。
平成元年5月21日 東雲団地の小学校で、女児のパンチラ撮影。
平成元年6月6日 東京都江東区の野本綾子ちゃんが行方不明。11日午前11時ごろ、飯能市の宮沢湖霊園の公衆トイレ脇で、バラバラ死体の胴体部分が発見される。
平成元年7月23日午後5時頃 東京都八王子市で印刷業・宮ア勤(当時27歳)は小学校1年生の女子(当時6歳)に「写真を撮らせてね」と近づき数枚撮影した後、車に連れ込み郊外の山林で全裸にしてビデオ撮影しようとしたところを、後をつけて来た女子の父親に取り押さえられて警察に引き渡された。(『事件史探索』)
同年同月24日 父親が五日市警察署に「息子が丸一日経っても帰宅しない」と電話。警察は、「八王子署に留置中だが大した事件ではない」と、答える。
平成2年3月30日(金) 宮崎勤に対する殺人等被告事件の初公判が開かれる。

 作成途中で、書き換えるつもりでいますが、メーンは、HP『事件史探求』様よりコピー。

■画像は、例の著書です(省略)。
 著書の佐木は、巻の末尾に、次のような考えをしたためています。

>わたしたちは、人間のマイナスの営みとしての犯罪から、せめて教訓を引き出さねばならない。何が宮崎勤をして凶行に走らせたのか、それを解明するのが裁判なのだ。・・・

 それを見て、何を寝ぼけたことを抜かしているんだ、この男は、と思っちゃうわけです。
 そもそも裁判とは、容疑者の違反した行為に対して刑法にある条文と照合して、罪名を着せるなど、国家が「正義を行使」する名分上の行為で、実際には、司法関係者が行っています。 この意味で彼らは、国家の認める法的代理人です。
 ところで、彼らの行為のどこに、「解明」という二文字が書き込まれているというのですか。

 私が特に残念に思うのは、お上が「解明」するものと信じていることです。
 作家のみならず、日本国民の多くが、水戸黄門のような「お上」がやるものと思っており、シモの人間のやることに対して、はなから無視していることです。


 ・・・私のやっていることは、防犯上役に立つプラグマチツクな解明作業かというと、そうではなく、犯罪行動のヒトゲノム的解析?を目標に掲げています。
 書くまでもなく、力不足を痛感チュ〜!!


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お宝のミヤサキ論・連発@■PとMの問題提起

map732801.jpg 小平義雄と宮崎勤の二人は、連続殺人を犯した点で共通していますが、さらなる共通点として、それまで好きな対象(成人女性と幼女)と遊んでいた(play=P)のに、ある日を境に、好きな対象を続けざまに殺しています(murdar=M)。
 これを「PとMの問題」として、問題提起します。

 なぜ問題提起するのか、という問いに答えるよりも前に、何が問題なのかを先に明らかにする必要があります。

 問題を簡潔にしますと、PとMは連続するのかしないかの問題です。

T 仮に、連続するという考え方に立ちますと、女遊びに興じている男たちは皆、後に殺人鬼に化ける可能性を秘めているということになり、防犯上、女遊びする男たちは全員取り締まるべきという考え方が導かれることになります。
U 反対に、連続しないという考えに立ちますと、連続しないものがなぜ連続するのかと、ジレンマを抱えることになります。

 Tの考え方が論外とするならば、残るUの考え方を採用するしかなく、これには、今述べましたように、深刻なジレンマを抱えています。

 これまでの私たちは、このジレンマの問題を抱えたまま、連続殺人事件ついて論評するという過ちをそれと知らずに犯してきたわけです。
 と、書きますと、「過ち」とするのは、いかがなものか、と反論する声が聞こえてきますが、その前に「ジレンマの問題」が見えていましたか、と質問を浴びせます。

 ジレンマを抱える「PとMの問題」こそ心理学上の「特異点」ではないか、と私は考えました。
 これには、軽々しく取り扱うことができない大問題という意味も含んでいます。

 「特異点」という言葉は、本来は数学用語ですが、前に書いたように、まるで判っておりません。天文用語としてなら、なんとか。
 つまり、この宇宙がビッグバン理論モデルとして仮定できるならば、その始りを極小の点としてとらえ、それをビックバン理論モデルの「特異点」と呼んでいます。
 一方で、始りがあるのならば、終りもあることになりますから、宇宙の始りと終りの「接点」が仮定できるのに、それが説明できないために、ビッグバン理論モデルの欠点と取り沙汰されています。
 下は、十年ほど前の古い文献ですが、解説のわかりやすさを買って引用しました。

>宇宙はどのようにして生まれ、宇宙の未来はどうなるのか?「ビッグバン宇宙モデル」に従えば、われわれの宇宙は100数十億年前にビッグバンという原初の爆発によって誕生した。空間はビッグバンを起こした無限小の点(特異点)から広がり、時間もこのときに始まった。だが、この宇宙モデルはその瞬間よりも前の状態については何も語ることができない。そして、それについて問うこと自体が無意味だという。しかし、そのような答えで誰もが満足するわけではない。宇宙に始まりがあるならそれ以前を、宇宙に終りがあるのならその後を考えたいのが人間である。(96/11発行「科学十大理論」学研より引用)

 見られますように、私たちは連続殺人鬼についてもビッグバン理論モデルの考え方に立って、彼殺人鬼を観察していたのではないでしょうか?

 と言いますのは、明らかなことは、彼は殺人鬼としてこの世に誕生したのではないことです。 ある日を境に、突然に、殺人鬼としての道を歩き始めているわけです。
 その道の始めを「動機」とし、始りを説明できれば、いわば「わかった」と処理してきたのではないでしょうか。

 当然、この処理の仕方には、人は動機を持つだけで、次々と人を殺せるのかという疑問を投げかけます。

 では、反対に、これといった動機が見当たらないからと言って、私までもがコリン・ウィルソンのように「動機なき快楽殺人」として処理したがっているとは、思わないでください。

 とにかく、「MとPの問題」として、問題提起します。
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2007年10月27日

岡崎ホームレス殺人事件■主犯格木村邦寛被告(犯行当時28)の分析ノート

■主犯格木村邦寛被告の経歴(書きかけ)

1978年頃 愛知県幡豆町にて自営業の父親の長男として誕生。
(これまでのところ、母親の顔が見えずにいる。4人兄弟というから、生後の数年間は母親と過ごしていたことになる)
中学生時代は、いじめられる一方、後輩に対しては高圧的な態度であったとか。
1994年頃 中学卒業後、父親の故郷・北海道の専門学校に進学。溶接技術を身に付ける。て一時期、父親の溶接業を手伝っていた。
1997年頃 一時期、父親の溶接業を手伝っていた?1998年ごろ 成人式で再会した木村容疑者は、別人になっていた。「不良のような雰囲気が漂っていた」。街で会うと、けんかの話を自慢げにしたという。
この間は、職を転々。ホームレスも経験。2006年9月18日 派遣会社に就職
2006年10月18日 突然、無断欠勤 
2006年11月19日 ホームレスの花岡美代子さん(69)の殺害において、主導的な役割を果たす。

下の記事は、いずれも中日新聞。ただし、日付は、不明。

>鉄パイプで女性殺害/愛知・岡崎ホームレス襲撃
>愛知県岡崎市でホームレスの女性(69)が殺害された事件で、襲撃に関与した中学2年の少年(14)らが県警捜査1課、非行集団対策課、岡崎署の捜査本部の調べに対し、「現場付近に落ちていた鉄パイプで(女性を)殴った」と供述していることが分かった。

 調べでは、少年ら同級生3人は、別のホームレス男性(39)から財布などを盗んだ疑いで21日に逮捕された本籍同県幡豆町、無職木村邦寛容疑者(28)と共謀。11月19日未明、岡崎市板屋町の明神橋下の乙川河川敷で、女性を殺害し、金を奪った疑いがもたれている。

 捜査本部によると、女性は顔や体をめった打ちにされて、肋骨(ろっこつ)を複数折ったり、脾臓(ひぞう)が破裂するなど背中をひどくたたかれたりした状態で20日朝、遺体で発見された。

 凶器となったパイプは女性が暮らしていた明神橋で、耐震補強工事に使われており、現場付近に多数置いてあった。

 同本部によると、木村容疑者はかつてホームレス生活をしていた時、この女性がある程度の金を持っていたことを知っていたとみられる。少年らに対し、証拠が残りにくいよう現場調達した凶器で女性を襲うよう指示した可能性が高い。

 木村容疑者は一連のホームレス襲撃の犯行後、少年たちに対し、現場に足跡を残した靴を捨てるよう指示したとも供述。捜査本部は一連の襲撃事件について、木村容疑者らが周到な計画を練り、少年たちを引き込んだとみている。

 ◇主犯格・木村容疑者「目立たない存在」

 愛知県岡崎市のホームレス連続襲撃事件で、窃盗容疑で県警捜査本部に逮捕された木村邦寛容疑者(28)。中学生3人を率い、ホームレスの女性(69)を殺害するなど一連の事件を主導していた姿は、中学時代の容疑者を知る同級生たちを、一様に驚かせた。「目立たない子だったのに」

 中学校の卒業アルバムに写る木村容疑者は色白で小柄。おとなしく、運動も得意ではなかった。同級生からたびたび、集団でいじめられた。見かねた女子生徒が級友に仲裁を促したことも。

 「人を動かすことはできなかった。むしろ命令されるパシリ(使い走り)のような存在だった」。同級生の男性(28)は記憶をたどる。

 その一方で、おとなしい友人や後輩には威圧的な態度も。そんな行動が同級生には生意気に映り、再びいじめられる悪循環だったという。

 木村容疑者は中学卒業後、父親の故郷・北海道の専門学校に進学。溶接技術を身に付けて一時期、父親の溶接業を手伝っていた。

 男性が成人式で再会した木村容疑者は、別人になっていた。「不良のような雰囲気が漂っていた」。街で会うと、けんかの話を自慢げにしたという。

 木村容疑者は、今年9月18日から1カ月間、岡崎市の派遣会社に勤め、派遣先で荷役作業に従事した。「仕事はまじめで言葉遣いも丁寧、物静かな男だった」と上司は語る。だが、10月18日に突然、無断欠勤し、それ以降、連絡は途絶えた。事件はその1カ月後に起きた。

 「より弱い者の中で威張ろうとしていたのだろうか」。中学時代の姿と、事件を起こした木村容疑者の行動が、同級生たちにはだぶって見えた。(中日新聞)

>愛知・岡崎のホームレス襲撃/28歳男、出頭直前に一度逃走
>愛知県岡崎市で相次いだホームレス襲撃事件の主犯格とみられる木村邦寛容疑者(28)が21日、逮捕された。一回りも年齢が違う中学2年生の3人と寝起きを共にし、4人で凶行に及んだことをほのめかし始めている。「素直に犯行を認めているが、反省の言葉は聞いていない」。県警の捜査本部は、事件の全容解明に向けて鍵を握る木村容疑者と向き合う。

 木村容疑者は11月中旬の事件後、愛知県幡豆町西幡豆の実家に戻っていた。父親に説得され、今月16日夜に出頭しようとして岡崎署へ向かった。ところが、同署の駐車場に着くなり、父親に「最後にたばこを吸わせてほしい」と言い残して乗用車から降り、姿を消した。20日夜になって岡崎市内の路上を歩いていたところ、捜査本部員に見つけられた。

 捜査本部によると、木村容疑者は溶接の免許を持っており、以前は人材派遣会社を転々としていた。現金がなくなったら働き、仕事が嫌になったら辞めるという繰り返しだった、という。

 事件の直前から、共犯の少年宅に転がり込み、全員で寝起きを共にしていたらしい。「どこでも寝られるし、自由気ままな行動などは、まるでホームレスのよう」。木村容疑者を捜査員は、こう例える。少年の1人の父親と同じ会社にいたことがあり、この少年宅を訪ねたのがきっかけで付き合うようになったらしい。

 木村容疑者の実家は、名鉄蒲郡線の線路わきに建つ木造2階建ての古い1軒家。家の前の駐車場には、ヘルメットなどの工具類が散乱。21日朝は人の気配はなく、家の中からは飼っていると思われる数匹の犬の鳴き声だけが響いていた。

 木村容疑者を知る中学時代の同級生(27)は「どちらかといえば誰かについていくタイプ。暗くはないけれど内気な少年だった」と話す。

 ただ後輩には高圧的な態度をとることがあったといい、「同年代には何も言えなかったけれど、年下の人間には命令をしたがっていた」と振り返った。

 木村容疑者の逮捕の一報を聞き「そんな度胸があるとは思えない」と驚いていた。

 近所に住む70代の女性は「あまり近所づきあいをしていない家庭。子どものころは、兄妹4人で仲良くしている姿をよく見かけた。岡崎のホームレス襲撃事件にかかわっていたなんて信じられない」と話していた。

 ◇「命大切に」緊急集会 関与の少年が通っていた中学校 

 愛知県岡崎市で相次いだホームレス襲撃事件にかかわっていた同市内の中学2年生の少年3人が通っていた市内の中学校で21日、緊急の全校集会があった。

 同市教育委員会からの通達に基づき「命の大切さを訴える緊急の全校集会」として開いた。校長が生徒に対して、事件の概要を伝え、同年代の中学生が起こしたことを説明。「大切な人の命を奪うことは絶対にあってはならない重大なこと」といさめた。

 続いて、末期がん患者と小学生の触れ合いを通して、互いに支えながら生きる大切さを描いた法務省制作のビデオ教材を観賞した。観賞後、教務主任が「人は多くの友人や家族と結ばれており、人を悲しませるような行動はいけない」と補足した。生徒たちは感想文を書く予定という。市教委によると、生徒たちは話に真剣に耳を傾け、ビデオを見ながら涙を流し、深く考え込む生徒もいたという。(中日新聞)


分析ノート■木村邦寛被告(28)における3種の仮説の検証(書きかけ)

T 出世コースの離脱者で、根源的な依存者である。
U ホームレス殺人は、願望挫折に伴う、報復行動である。
V 経済的ボスと行動的なリーダーの2面性が顕著。

この仮説の前提にあるのは、双脳的な人間存在である。Tはボス的な機能に関係し、Uはリーダー的な機能に関係し、Vにおいて両機能のアンバランスなどを問題にしている。

Tの依存状態は、年下の少年に依存とすべきか?
 出世コースからの離脱は、職を転々とするなどすでに明らか。
 そのあとのコース回復の努力が見られず、反対に、ギャング団を育てようとした。
 
Uは、二通りが考えられ、単に金欲しさの犯行と考えられるならが、挫折に伴う報復として暴行を行い、人を殺したという考え方と、もうひとつは、病的な女性憎悪。仮に、女性願望の挫折の報復的な現われが、花岡さん殺害に関係しているという考え方。
 後者の意味だと、花岡さん殺害は計画的なもので、一連のホームレス殺人事件はカムフラージュということになる。

Vは、主犯格という意味では、ボスである。が、そこに経済的なイメージはない。
posted by 9組の秋六 at 12:11| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡崎ホームレス殺人事件■もうひとつの、二の句の継げない問題(その2)

61221a.jpg 少年らの犯人グループが逮捕されると、彼らの家庭環境が次第に明らかになってくるわけですが、その中に二人の不登校の生徒が混じっていて、その不登校の理由が給食費も払えないからというように、極貧の母子家庭の子供という、またしても二の句の継げない問題に突き当たります。

 昨年の11月といえば、9月下旬に安部総理が誕生していますから、前総理の小泉の改革路線の影響をもろに受けた極貧の母子家庭という言い方は、許されると思います。
 経済諮問会議などの民間人の政策提言を採用した結果が貧富の格差を生み、貧しいものに対しては自己責任という責任観が根を張りました。
(一方で、大企業の法人税を引き下げ、浮いた金を自民党に還流させる、阿漕なシステムを作ったとみています)

 ですから、校内イジメなどの理由で不登校になれば、教育関係者にはそれなりの責任を負わせることもできますが、経済上の問題が絡んでくるとお手上げでしょう。
 ついこの間まで、給食費の未納問題なんかが大きく取り上げられるご時世なんですから。

 そういう索漠とした思いに駆られる一方で、中には教育に熱心な母親がいることを新聞記事で知って、救われているなと思いました。

>毎朝、部活の朝練に出かけ、家では両親に学校での出来事を話していた少年から、事件に関与した同級生二人の名前を聞くようになったのは、今年の夏休み明けだった。11月になると頻繁に耳にした。
 携帯電話の通話料が月額3、4万円に膨らんでいた。父親が厳しくしかると、翌日からの数日間、家出。ホームレス襲撃事件で19日に送致された少年(14)の家で寝泊まりしていた。そこに事件を主導した28歳の男もいた。
 ・・・人の痛みのわかる子になれ、と言ってきた。不登校だった他の二人の少年に「説得しなさい」と話すと「わかったー」と朝5時に起きて家に飛び出しても行ったのに。
「子供同士ばかりが友達で、親同士が知らないのは変」と、母親は三家族の交流として自宅でバーベキューパーテイーを開いた。それが12月2日。母親は知らなかったが、息子たちが関与した襲撃事件から2週間がたっていた。
 それから6日後の8日に再び家出。もう、自宅には寄り付かなくなった。他の少年の家などを転々としていたようだった
 事件について母親は「やったのは本人の意思。『間違ったことならやってはいけない。巻き込まれそうなら逃げてもよい』と育ててきた。なぜそれができなかったのか」。もどかしさが交錯する。
18日に息子が少年が収容されている少年鑑別所で面会した。互いに泣くばかり、ほとんど言葉にならなかった。・・・(ソースは、不明)

 この母親ならば、少年非行の舞台裏を明らかにしてくれるだろうと期待したい一方で、少年の言葉を伝える記事は、どれもこれも戯言ばかりだから呆れてしまいます。
「ヤクザになりたい」とか、「『事件が彼のトラウマ(心的外傷)となり、かなり疲れているように感じた』と多田弁護士」。・・・(ソースは、不明)

 「トラウマ」云々は、母親のネグレクトが問題の生徒のひとりですが、仮にトラウマと言える状態ならば、該当少年はそのトラウマゆえに後の事件には加われなかったはずです。
 これが事実であれば例外的なケースもありかなと、思うところですが、実際はどうなのでしょう。



分析ノート■少年らの3種の仮説の検証(書きかけ)

T 出世コースの離脱者で、根源的な依存者である。
U ホームレス殺人は、願望挫折に伴う、報復行動である。
V 経済的ボスと行動的なリーダーの2面性が顕著。

この仮説の前提にあるのは、双脳的な人間存在です。Tはボス的な機能に関係し、Uはリーダー的な機能に関係し、Vにおいて両機能のアンバランスなどを問題にしています。

Tの依存状態は、主犯格の男の言いなりになっている点で明らか。
 出世コースからの離脱は、「家出」や「不登校」ですでに明らかだ。
 そのあとのコース回復の努力が、まったく見られないのが少年の特徴というべきか。
 
Uは、甘えたいばかりの気持ちが満たされず、襲撃事件に化けた?(ここは、書きかけ)

Vは、主犯格という男(ボス)を「司令塔」として仰ぎ、一連の「ホームレス襲撃」は、男の指示を守ったがための従犯的な突出的な行動ですが、その後の車の窃盗と強盗は、どう説明すべきだろうか。
 主犯格の木村邦寛容疑者の指示に従い、県外に逃亡させるために、車を奪ったということ?
posted by 9組の秋六 at 07:13| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡崎ホームレス殺人事件06年11月■二の句の継げない問題(その1)

hanaoka01_61221.jpg この事件は、昨年の11月20日朝に河川敷で、小屋掛けしていた花岡美代子さん(69)の死体が通行人に発見されて、警察に通報。
 その後、警察が調べたところ、6日から22日の2週間余の間に7件(報道記事は、8件?)ものホームレス襲撃事件が発覚しました。
 下の表は新聞記事をメーンにして入力したものですが、ソースが不明です。

日時 場所 被害者 概要
@6日(日)
午前二時 葵町・
北岡崎駅 男性(70) 若い男4人に暴行を受け、2500円を奪われる。
A17日(金)夜
〜18日(土)朝 葵町・
北岡崎駅 男性(77) 若い男3人に殴打される。救急車で搬送。
B19日(日)
午前一時 明大寺町・乙川河川敷 警備員男性
(39) 男4人に五千数百円を奪われる。
C19日(日)
午前3時10分 間宮町・
公園 男性(54) 若い男4人に「金を出せ」と脅され殴られる。
D20日(月)
午前4時 康生通南・
乙川河川敷 男性(73) 若い男4人に「財布を出せ」と言われる。財布は空だった。
E20日(月)午前
6時55分 板屋町・
乙川河川敷 花岡美代子さん(69) 激しい暴行の跡がある他殺体で発見。年金が奪われる?
F22日(水)午前4時半 明大寺町
乙川河川敷 警備員男性
(39) 男二人に暴行を受け、6500円を奪われる。

 犯人グループは、ホームレス殺害後は、逮捕を恐れておとなしくしているんだろうと誰しもが思うところですが、実は違っていました。
 丁度一ヶ月後の12月19日のこと、犯人グループの中二人が岡崎市の北隣の豊田市まで出かけ、車を盗んで乗り回し、溝に車輪を落として動けなくなると、今度は暴力で軽乗用車を奪って逃走。この時に被害に遭ったドライバーの通報で逮捕されています。

 大胆不敵というか、少年らの犯人グループの無軌道ぶりが明らかです。

 犯人グループが逮捕されても、花岡美代子さん殺害の犯人グループということまでは、すぐにはわかりません。
 これには、3番目に襲撃された警備員男性から奪った(拾った?)携帯電話の通話記録から、足がつき、一連のホームレス襲撃事件の犯人グループだろうと目星をつけられ、ホームレス殺害を自白させた上で、御用の身となっています。
 その後の取調べで、犯人グループは、20代の主犯格が別にいて、逮捕された三人の少年たち(後に、4人と書き換えられる)は従犯格ということがわかりました。

 下は、少年の逮捕の後に、主犯格の木村邦寛容疑者(28)が2日後に逮捕された時の報道記事ですが、見出しにあるように、毎日新聞社だけが他社との違いを鮮明にしたいと思ったか、<路上生活者殺害>という呼び名を使っています。
 

<路上生活者殺害>「アジト」は中2の自宅 親の目なく集結 (毎日新聞)
[ 2006年12月22日15時00分 ]

>愛知県岡崎市の乙川河川敷で11月、テント暮らしの無職、花岡美代子さん(69)が殺害されるなどした路上生活者襲撃事件で、強盗殺人の非行事実で補導された同市内の中学校2年生の少年(14)の自宅が、襲撃に出掛ける際の集合場所や、謀議の場などの「アジト」となっていたことが22日、分かった。この少年の父親が不在がちなど家庭が複雑で、たまり場となりやすい環境だったことが非行を増長させた一因となったのではないかと県警岡崎署捜査本部はみている。

 捜査本部は22日、一連の事件を主導したとされる住所不定、無職、木村邦寛容疑者(28)を、路上生活者の警備員男性(39)から現金などを盗んだ窃盗容疑で名古屋地検岡崎支部に送検した。近く花岡さんへの強盗殺人容疑で再逮捕する。

 補導された少年の自宅は集合住宅。関係者によると、家族が2室に分かれて住み、少年と父がこのうち1室を主に使っていたという。だが、父は帰らないことも多く、親の目が届きにくい中で、父親の元同僚だった木村容疑者や家出した中2の同級生(14)がたびたび寝泊まりするようになった。

 少年らは日ごろから自転車を主な移動手段とし、この住宅から深夜徘徊(はいかい)を繰り返すようになっていったという。先月19日未明に花岡さんが殺害された事件の前にもここに集まって河川敷に出発。また、殺害後も新たな襲撃の計画などをここを拠点に行っていた。

>一方、花岡さん殺害に使われた棒状の凶器は、現場近くの工事現場で足場を組むためなどに使われていた鉄パイプの可能性が高いことが22日、新たに分かった。捜査本部がすでに発見、押収している。【加藤隆寛、山田尚弘】

 繰り返しますが、毎日新聞だけがこの一連の事件を「路上生活者」と報じています。
 これは誤解を生みやすく、訂正すべきでしょう。
 というのは、殺された花岡美代子さんは、乙川河川敷で小屋掛けしていたのですから、厳密にいえば、路上生活者ではありません。
 公園型ホームレスにはテリーの意識がありますが、このテリーの意識を持たず、寝床をあちこちと移動させながら路上生活を営むものを「路上生活者」と呼ぶべきです。

 実を言いますと、この呼称には、二の句の継げない問題が隠されています。
 名古屋市の公園内はどこもといっていいほど、「小屋掛け禁止」という札をかけています。
 通行人は、その札を見て、ホームレスに対して小屋掛けを禁じて、彼らの住まいなど市はどうするのだろう、と素朴な疑問に襲われると思います。
 当然、そういう問題意識は札をかけるとき、市職員は持つと思われますが、仮に、何の疑念も抱かず、条例に適った・正しい法的な対応と思い込んでいるのであれば、非情なシステムが見えてくると思います。

 一方で、新聞記事にホームレスの訳語として「路上生活者」という呼び名が定着すると、違法な占拠者としての公園型ホームレスの存在が見えやすくなります。
 言葉を変えると、公園などで小屋掛けしていても、彼らの本当の姿は「路上生活者」という見方を持つわけです。

 つまり、その言葉には、一円の税も払わぬ路上生活者ごときがテリー意識は持つとはけしからん、とでもいうようなお上のお叱りを共有する立場に転換する仕掛けが隠されていると・・・。


画像は、花岡さんのバリケード利用の小屋。
posted by 9組の秋六 at 03:59| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月26日

岡崎ホームレス殺人事件06年11月■木村邦寛(28)■随想

gz17.jpgkimura_kunihiro703013a.jpg 今日の三月十四日は、確か、岡崎のホームレス花岡美代子さんを殺害したの初公判の開かれる日です。
 傍聴に行くつもりでいたのですが、今朝から名古屋地裁と豊橋支部のどちらだろうと迷った挙句、無駄な検索をネットで試みている間に、気持ちが萎えてしまいました。

 本当は地裁まで足を運びたいのだけど、一方で、お前の出る幕ではない、という内からとも外からとも判らぬ声に苦しめられてもおりました。
 傍聴に出かける以上は、事件の本当のことを知りたいという知的好奇心に突き動かされてのことですが、これだけでは内的な答えとしては、十分ではありません。

 この事件に限らず、新聞報道だけでは謎解きはできません。

 謎解き?

 すべての出発点は、ここにあります。
 事件報道のニュースに接するといつも、なぜ、と思います。
 この疑問はさらなる疑問を呼び起こして、最後には、大きなうねりとなって自分に襲い掛かります。
 本業を廃業してでも、この疑問のうねり状態から抜け出したいと思わぬときがないでもありません。
 事実、そうやって疑問の一つ一つを解いていったことがあります。宮崎の犯した殺人事件関連の論述です。
 解いたといっても独りよがりの答えを見出して、悦に入ってるだけのことです。
 それでいいと、私は思っています。眠れぬ夜をすごすために日々悶々とするよりは、自分なりの答えを見出すのが一番の薬だと思っています。

 殺人事件とは、書くまでもなく、次から次に起こります。こちらの都合など考えてくれません。 すべての事件報道に接すると、「疑問のうねりが」なんていっている自分がアホに見えてきます。

 そうです。好みというものがあります。ヤクザがらみの暴力沙汰ははなから腰が引けてしまいますので、苦手です。
 振り込み詐欺やリフォーム問題も背後に暴力団の存在がチラチラしていますから、敬遠策をとるようにしています。
 その点、少年や母親の犯罪は気が楽ですから、安心して書くことができます。
 時々、枯野を駆け巡るみたいに想像の翼がジャンプするときがあります。

 たとえばですね。少女A子が殺害されたとします。
 やがて交友関係を洗っていた捜査本部がそれまで付き合っていた少年B男を逮捕します。  逮捕の根拠は、現場に残った靴の足跡が一致というものです。
 本部はすでに、A子は他の男C雄と交際をはじめており、元彼のB男を煙たがっていたと友人に打ち明けていた話を聴取しています。
 少年の身柄を拘束して取調べを行っていますが、容疑者は頑として口を割りません。
 無実という自供を崩すために、何度何度も会いたいという電話をかけて、その都度、用があって会えないと断られたのだろう、と詰め寄ります。
 それまでにもあの手この手を使っています。
 今度は、アリバイ工作も崩した後、憎いと思って殺したんだろう、とさらに詰め寄ります。
 このとき、何を思ったか、「ハイ、憎くて殺しました」と、容疑者は一転して自白してしまいました。

 想定外の楽勝のケースですが、無論、「今度の事件は、楽勝ばい」ということは同僚以外に口にすることはまずはありません。
 当然、取り調べた刑事は気をよくしています。
 「わたくしB男はA子が憎くて殺しました」と調書に書かせ、間違いないなと念を押した後、署名の上に拇印を採ります。
 このときの自供を報道機関に発表すると、翌日の紙面は「容疑者、殺害自白」とかの活字の見出しが躍ります。

 そういう報道の記事に接すると、違う、といつも拒絶反応が起きます。
 事実の当否に関係なく、一読して「人間というものがまるでわかっていない」と、思ってしまいます。
 私を襲う想念は、堂々巡りでもするようにできているみたいで、だからこそ抜け出したいと思うのかもしれません。

 「運転手はいろんなことを考えながら運転している」とは、尊敬する知人の言葉です。
 殺人犯はその時は一時的な視野狭窄に陥ったとしても、数時間前は、いろんなことを考えていたはずです。
 家族のこと、友人のこと、恩師のこと、犯行がばれたときのことなど。
 そうやって考え抜いた末に、自分は逃げないぞと退路をふさいだ上で、殺害現場に臨んでいるはずです。
 
 今、取り上げた例は単独犯ですから、木村容疑者の殺害のケースとは異なります。
 公判を傍聴すれば、集団ヒステリーともいうべきある行動が見えてくるかもしれません。
 見えたところで、それがお前にとって何になるのだ、という内なる声に責められもします。

 この声が、私の壁です。
 行く先々で「壁」に突き当たるからこそ、乗り越えたいと思うのは、人間として当たり前のことではないでしょうか。
 翻って、殺人犯たちはどうでしょうか。
 そこに「壁」が立ちはだかっていたから、安易な道に逃げ込んだ結果が、禍々しい殺人事件を惹き起こしたのではないでしょうか。
 
 ヒントは、プレッシャーではないでしょうか。
 宮崎被告も木村容疑者も父親は工場の経営者です。後継ぎを期待される長男坊です。
 それゆえのプレッシャーに負けた男と思っています。
 一方で、犯行を通して独りよがりの自己主張を貫いたと思っています。

註)プレッシャーと似たものにストレスがあります。
 ストレスの場合は、外的要素に比重が置かれ、「学校の制度や運営方法から生じるストレスが生徒を苦しめ、イジメを助長する」と説かれるのに対し、プレッシャーは内的な要素に絡みます。
 横綱候補と目された大関は、プレッシャーという「内なる敵」との戦いに敗れて、横綱になる機会を逃し、最後には大関の地位から転落してしまいます。
 こういう違いもあります。長時間のストレスは胃潰瘍等の心身症を煩わせますが、プレッシャーは、彼をして神経症を患わせます。

追記■顔画像は、木村邦寛被告(28)。もう一枚は、被告の勤めていた派遣会社の独身寮。NHKの特番で、前借80000円もと、レポーターの報告。フツーの人から見ると、異常な依存ぶりと思えるかもしれないが、寮生にとっては日常的な光景。借りられるものなら一円でも多く、と誰もが考える。明日には追い出されるかもしれないのだから。
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2007年10月25日

宅間守死刑囚の分析ノート■2001年付属池田小事件

takumar01.jpg宅間守死刑囚は、アグレッシブな生き方を貫いた点で、犯罪史上類比なき大量殺人者として名を刻んでいる。
 しかし、このアグレッシブな生き方には、精神安定剤の依存に伴う副作用が無関係ではないと思っている。

 宅間は、身長182センチもある大柄な男だが、職場でこれに似た男からパワハラを受けたことがある。
 風呂には入らず、髪はいつもぼさぼさ。パチンコではすっては、毎週のように前借をし、気分が優れないのか、仕事は休みがちである。
 新人など弱者に対してはすぐに怒るが、手を出すことはない。
 新人には、ルールにたいして細かくいう一方で、交通ルールに対しては信号無視など、ルーズな一面がある。
 職場では、職長ではないのに、仕切ろうとする。
 仕事から帰ると、部屋から出ず、こもりっぱなしという同僚の証言もある。
 話し好きである。車が頭越しに飛んできたという、ほらまがいの話をよくする。
 あるベテランの話によると、チームプレイができず、いつも一人仕事のように仕事をしているとか。
 彼が原因で職場でトラブルが起きると、人格をリセットしてくる。
 聖人面を回復させる、とでもいえばいいだろうか。
 ・・・

■宅間守死刑囚の3種の仮説の検証

T 出世コースの離脱者で、根源的な依存者である。
U 付属池田小の大量殺人は、願望挫折に伴う、報復行動である。
V 経済的ボスと行動的なリーダーの2面性が顕著。

この仮説の前提にあるのは、双脳的な人間存在である。Tはボス的な機能に関係し、Uはリーダー的な機能に関係し、Vにおいて両機能のアンバランスなどを問題にしている。

Tの依存状態は、年上の女性への依存や薬への依存、国や病院への依存など、挙げればきりがない。
 出世コースからの離脱は、高校在学中に教師を殴るなどして、高校中退した時点で明らかだ。
 そのあと、弁護士を目指すなど、志を高く掲げて、回復に向けた努力を行ったようだが、すべて徒労に終わっている。

 報復的な空想は、誰しもが一度は夢に見るものであろう。
 してみると、彼我の違いとは、それを実行したかいなかの違いでしかない。
 その際、ブレーキとなったのは、家族への想いか?
 父親が憎いと敵意をむき出すのは、対社会への態度と重なりやすい。
 しかし、自己中の論理で首尾を貫く宅間には、親の愛情などどれだけ大きくても不足に思えてならなかったことであろう。
 その不足を国に求めようとしたとしても、おかしくはない。

Uは、年上の「女性」願望を仮定すべきか。同時に、畏怖の念にも囚われているはずで、これがネックとなって、年上に対する報復行動はできなかったと考えられる。
 標的にされたのは、児童のみで教員は対象外?だったとすれば、この説を裏付ける?

Vは、離婚トラブルは民事訴訟を起こして損害賠償を請求するのは、ボス的な人格の仕業。
 一方で、暴力的な行動を引き起こすのは、リーダー的な人格と考えられる。

 付属池田小事件は、依存状態にあるボスの座が決定的に脅かされた時、玉砕覚悟の上の行動的なリーダーが突出しての異常行動と括るのは、書くまでもないことだったか。


 なお、この事件に関しては、HP「宅間守資料」を参考にした。
 画像も、借用。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/kuhiwo/takmar.html
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2007年10月24日

小林薫死刑囚の分析ノート(書きかけ)

kobayasi_kaoru36_02a.jpg■小林薫被告(37歳)の経歴など


1968年 大阪市住吉区で生まれる。
1978年 弟誕生も、母親は出産の際の大量出血で死亡。
小学生の頃から、新聞配達少年として頑張る。
一方で、級友からいじめられていたという情報もある。 
1984年私立履正社高等入学(高校在籍中に幼女わいせつ行為で補導もしくは 逮捕歴あり、卒業できたかどうかは不明)
1987年 近くの居酒屋に就職。「女にもてない」と嘆いた?
1988年 ミヤサキ逮捕。
1989年 幼い女児8人にいたずら。
1989年 同僚の財布を盗むも、発覚。
1990年 産経新聞販売店従業員として勤務。
1991年 トラック運転手の時、5歳女児の首を絞めて殺そうとしたため、逮捕。
この件で、父親からカントウ。
2000年 朝日新聞社販売店従業員として勤務。
2001年6月 詫間守が付属池田小事件起こす。
2004年 読売新聞社販売店従業員として勤務。
2004年7月 毎日新聞社販売店従業員として勤務。
2004年11月 小1女児有山楓ちゃん(7つ)を浴槽で顔を沈め、殺害。
同日午後10時ごろ、平群町菊美台二丁目の道路脇側溝に遺体を遺棄した。
事件後 遺体の写真を添付したメールを母親に送信。一方で、スナックに通い始める。
同年12月30日に逮捕。
2006年9月 奈良地裁で、求刑通り死刑判決。 


・女性恐怖心が根底にある。
・窃盗は、願望挫折に対する報復的な行動か?
・出世コースからの離脱者であり、根源的な依存者。
・一日に3、4回もオナニーに耽るなど、性欲は強い。おかずは、児童ポルノ?
(小平義夫を連想させる?)
・犯行直前は、新聞販売店の集金した金に手をつけるなど、発覚して経済的に追い詰められている。
・犯行に使った車や携帯は、借り物(借り物尽くし?)。
・車に乗ると、幼女誘拐魔に変身。
・事件後の「愉快犯」的な行動は、ミヤサキの真似をするも、捕まえてみれば、フツーの男?
・性の問題は、下水処理?
・事件後、毎日のようにスナック通いを始める。スナックは「駆け込み寺」?
・殺害場所は、自宅機能を持つ。
・自宅が捜査対象等の懸念が生じると、二義的な自宅機能としてのスナック通いがはじまったといえるか。
・ロリコン趣味には、「幼年回帰」願望が隠されている。
・女児誘拐は、週末的な「性」の窃盗に関係。
・成年儀式としての「親越え」を果たしていない。これは薫被告が親越えを試みようとして、暴力的な父親が立ちはだかって阻止されたことと無関係ではなかろう。
・小林の反社会的な行動は、父親への態度と重なるにしても、対立的ではなく常に依存的である。

追記■画像は、HP[無限回廊]「奈良県少女誘拐殺人事件のまとめ」より借用。

http://1st.geocities.jp/matome83/nara/index.html

追記2■・・・ヒットラーのナルチシズム、彼の溺死したい願望ーー水はかれの母親であるーーそして死への希求は、死んだかれの母親の顔によって象徴されていることで分かるのである。子宮への退行は、生まれながらの姿勢をとり、両膝を顎へひきよせたその姿勢に象徴されている。(エーリッヒ・フロム「悪について」紀伊国屋書店)
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2007年10月23日

光市母子殺人事件■「胎内回帰」願望とは、こういうものをいう!!

 この母子殺人事件の根底にあるのは、父親に対する恐怖心と考えられる。

 それにしても週刊現代の記者の書いた記事は、ひどいね。
 DVのバタラーとしての疑いのかかる父親の話を聞いて、(バタラーではない?と)真に受けるようでは、イジメの問題は永遠に見えてこないといっても過言ではない。
 擁護派の弁護士の立てた「母胎回帰」のストーリーを否定するとしても、両・親が一笑に付したからと有力な論拠にするのは、明らかにど素人の論法だろう。
 そもそも「母胎回帰」という心理的な現象は、通常は目に見えないものだ。
 ミヤサキ以後、弁護側が最後の切り札として用いて、成功した?例にかんがみて、今回も・・・と見ているが、実のところ、仮説の域を出ない空説に等しいものだが、鑑定医が採用しているのかな?
 幽霊のように一人歩きをはじめたものを?

 下の書き物は、苦心の末に、白樺派のお坊ちゃま志賀直哉の初期作品「網走まで」の冒頭文から立ち上がるイメージに着目して「胎内回帰」の願望を抉り出したものだが、読者はこれを見て私の言う「胎内回帰」説に同意できるだろうか。


《宇都宮の友に、「日光の帰途にはぜひお邪魔する」といってやったら、「誘ってくれ、僕も行くから」という返事を受け取った。

 ・・・冒頭の文だが、「宇都宮」からは<うつろな子宮>のイメージが立ち上がっている。同じように、「日光」が<東方=再生>ならば、「帰途」からは<回帰の途上>といったイメージが立ち上がっている。
 「胎内」とは、無論、水子の棲家である。彼水子は、浦島太郎のように、異類「亀」に乗って波に揺られながら、竜宮城に赴こうとしているのだ。いうまでもなく、汽車とは遠心的な運動を繰り返す「ゆりかご」に相当する。
 これら「回帰」のイメージは、文表現を立体画像のように仕立て上げるだけでなく、作者の精神=内部を照らし出す装置としても機能しているのだ。
 願望は、一方で、恐怖心の存在を暗示する。

《それは八月もひどく暑い時分のことで、自分は特に午後四時二〇分の汽車を選んで、とにかくその友の所まで行くことにした。汽車は青森行きである。自分が上野へ着いたときには、もう大勢の人が改札口へ集まっていた。自分もすぐその仲間へ入って立った。

 引用から不安が立ち上がるとすれば、・・・身長が縮むのと引き換えに、「改札口」の持つ意味が巨大化している。従って、引用に潜む不安感は、「改札口」の持つ巨大な<洞>のイメージに負うといえる。
 もうひとつの読み方として、数字に着目したい。「八月」に引っ掛けると、「四時二〇分」は、<死に出る>と読める。巻末の年譜には、「八月三〇日、母銀、悪阻のため三二歳で死去」とある。汽車の「青森行き」も<青山>のイメージ(「お墓」の)をもつから、二つを重ねると、汽車の旅は亡き母を後追いするような<死出の旅>を意味することになろう。

 ところで、「身長が縮む」ことを心理学では「人格の退行」という。この退行現象が引き起こされており、「乳児」もしくは「水子」にまで人格が還っていると仮定すれば、連れ子の幼児は「自分」よりも大きな存在者に映る。そんな幼児が「厭な眼」でいわゆるライバル視されると、彼よりも幼い「自分」には脅威に映る。同時に、旅そのものが中断を余儀なくされる。だから、そのとき「いやな気持ち」に襲われたとすれば、それは「願望」の「挫折の予感」によってもたらされた不安な感情といえなくはない。

 願望はひとつの危機を乗り越えると、安心したのだろうか、そのまま夢見るようないい気持ちで、ある黄昏の時間の中を歩いていると、乳呑児に母乳を与える母親の姿を見て、「いいなぁ」と心の深いところで思っている。
 こうして願望は一時的に満たされはしたが「開いた胸を隠」すという母親の拒否的な仕草に出会って、逆に、攻撃的な気分がみなぎった。報復は、そばにいる幼児を自在に操ることで遂げた。それでも傷口は癒されないので、次に、乳児を手下にして使った・・・・。  

 願望と恐怖は、実をいうと、神に向けられる根源的な両価感情である。と同時に、生への願望は死の恐怖と隣り合わせである。この生と死の狭間に、われわれはある。・・・以下省略。


 読まれて、難解さに逃げるばかりのブロガーではないと信じている。

 潜在的な「胎内回帰」願望を唱えたいのであれば、アンビヴァレンツの片割れである恐怖感情の存在を指摘できてはじめて、その説は市民権をえると考えているが、私の言い分は間違っているだろうか?
posted by 9組の秋六 at 12:00| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

光市母子殺人事件■3種の仮説の検証

■少年の万引き癖は、愛情不足に対するお返し(願望・報復系)

 少年は公判で、殺すつもりはなく「甘えたい」一心で後ろから抱きついたと証言しているが、その時に被害者の抵抗にあって、「頸部を圧迫して窒息死」させると、その後、被害者の弥生さんを「屍姦」している。

 この点について、私の考えを言えば、「愛情不足に対するお返し」として、「万引き」するわけだから、「甘えたい」気持ちが満たされずにいると、報復的な行動パターンに移行(リセット)し、「盗む」ことで挫折感を回復させていたのでないか。したがって、被害者の死後に「セックス(禁断の果実のような悦楽)」を盗んだといえないだろうか。
 殺害後に、現金在中の財布を盗む(これもリセット)というのは、当初の目標であった「甘え」の代償的かつ報復的な行動であろう。

■乳児殺しは、ライバル対決による?(リーダー争い)

 少年は中一の時に実母を自殺でなくし、父親は10年前にフィリッピン女性と再婚し、事件当日の三ヶ月前に異母弟が誕生とあるが、計算が合わなくて困っている。
 つじつまを合わせようとすれば、10数年前に両親は離婚。少年は母親に引き取られるも、中一の時に母親は自殺。そして事件当日の3年前ぐらいから、父親宅で生活を送り、高校にも通ったとなるが、どうだろう。

 とすると、中一から中三までの、2、3年間がブランクとなる。
 この間に、愛情不足から万引き癖を身につけたと考えられる。
(この頃の少年の描く人物画には、八手のような巨大な手が描かれていたことだろう)

 少年は誕生して間もない異母弟の世話に継母がかまけだして、ほったらかし同然。仮に、こういう状態ならば、甘えたいと思うのは少年の情としては、当然か。
 一方で、「弟なんか死ねばいい」と思った可能性は、やはり残ると考えている。
 これを妨げたのは、父親への恐怖心だ。
 ここで留意されたいのは、少年の甘えにはいつも「仕掛け」が隠されていることだ。
(父親は、少年の甘えに対して「体罰」等の厳格な態度で処したと推測)

 少年は事件前、甘えたくて継母の背後から抱きついたと証言しているが、継母はこれを否定している。しかし、「そんなことをすれば、(夫が)怒る」とも述べているのだから、本当のことが言えない状況にあることが読める。

 仮に、少年が継母に抱きついたとすれば、それは「甘え」を満たす行為ではなく、拒否を計算に入れての「仕掛け」を隠した行動と受け取るべきだ。
 というのは、継母の背後には恐怖の父王が控えているのだから、高まってきた性欲を満たしたいと思っても、後のことを考えるとできなかったことであろう。

 こうして、野犬のような甘えたいという気分を引きずったまま、事件当日、設備屋の勤めを休み、作業服に着替えて「排水管の検査に来ました」といって、アパートの家々を訪ねている。
 そして、弥生さん母子を見て、継母には未遂に終わった「甘え」を実行したといえるのではないか。

 乳児殺害は、泣き声が外部に漏れて犯行が発覚するのを恐れたためとしているが、この場合は、ジェラシーと解すべきではないか。


■コースからの離脱者、あるいは、根源的な依存者

 事件は1999年4月14日に起きている。
 少年は18歳と30日なる未成年の犯罪云々と判決文全文にあるから、逆算すると、3月15日が誕生日か。
 高校を卒業して就職し、入社後2週間目の出来事である。

 誕生日は祝ってもらっただろうか。
 祝ってもらえなければ、そのお返しも考えられることになる。

 公判で被告自らが「甘え」を口にすると、書きづらくなるが、実際は、「甘えではない」という被告の巧妙な仕掛けを読もうではないか。


 以下は、公判のやり取りを伝えるsankeiの記事の引用。


>弁護人「事件当日は」

 被告「体調が悪くて会社を休んだ。出勤するふりをして家を出た」

 弁護人「友達と遊んだ後、いったん帰宅してどうしたのか」

 被告「義母に昼休みだから戻った、とうそをついた後、後ろから抱きついて甘えた」

 弁護人「どうして抱きついたのか」

 被告「無性にさみしかったけえ、お母さんにいっしょにいてほしくて」

 弁護人「抱きつくのは性的な意味もあるのか」

 被告「義母には失礼だが、(中学1年のときに自殺した)実母に代わるものとして、母性を求めていた」

 弁護人「それから排水の点検を装って戸別訪問したのはなぜか」

 被告「寂しかったので、人との会話で紛らすというか、温もりが欲しかった」


正義の判決を期待したい。
被告「恥ずかしがって反応」母子殺害、公判詳報
sannkei06/26 21:09


 出世コースからの離脱者の好例というわけにはゆかないが、勤めをサボってまで甘えを求める点は、離脱者と依存者の密接なつながりを示唆するものといえないだろうか。

 なお、下にある記事は、ネットの字引より引用。

>事件の概要■1999年4月14日の午後2時半頃、当時18歳30日の少年が山口県光市の社宅アパートに強姦目的で押し入った。排水検査を装って居間に侵入した少年は、女性を引き倒し馬乗りになって暴行を加えようとしたが、女性の激しい抵抗を受けたため、女性を殺害した上で強姦の目的を遂げようと決意。頸部を圧迫して窒息死させた。

>その後、少年は女性を屍姦し、傍らで泣きやまない娘を床にたたきつけるなどした上、首にひもを巻きつけて窒息死させた。そして女性の遺体を押入れに、娘の遺体を天袋にそれぞれ放置し、居間にあった財布を盗んで逃走した。

>少年は盗んだ金品を使ってゲームセンターで遊んだり友達の家に寄るなどしていたが、事件から4日後の4月18日に逮捕された。(ウィキペディア「光市母子殺害事件」)


なお、仮説に関しては、下の拙ブの記事を参照されたし。
「非行の特異点・仮説提示」」http://blog.seesaa.jp/tb/61356185
「同上・結論部」http://blog.seesaa.jp/tb/61484503
「双脳恐竜の絶滅説」http://blog.seesaa.jp/tb/59781236


■追記

 被告は、リセットの名人といっていいものか。
 裁判のやり直しなんかね。やはり、リセットといえるんじゃないの。

 死刑は、一人殺せば、始まるというようにセットしないと、少年の殺人事件は今後も増え続けるのでは。

註)最近の判例では、小1女児殺しの小林薫死刑囚がいるが、小林自らの死刑志願の形だね。
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2007年10月22日

17歳力士急死事件■元双津竜親方主導の虐殺に関係する3つの仮説の検証

 相撲部屋の親方は、名前からして経済的ボスというイメージが立ち上がるが、調べてみると、そうでないことに気づく。
 では、プロ野球で言う監督の地位かというと、そうでもない。
 というのは、プロ野球チームの監督は球団との契約に基づいて年俸が支払われるなど生活が保障されたうえで、トップ・リーダーの役割を任されているが、相撲部屋の親方は日本相撲協会という資金管理団体?から年俸等の支払いがないにもかかわらず、プロ野球チームの監督のように、トップ・リーダーとしての役割を任されているという、違いがある。

 こういうことから、部屋の運営・管理費や力士の給与や親方個人の生活費など、どうなっているのかと気になってくるわけだが、これに関しては、相撲協会から力士一人につき186万円という資金の提供があり、この金を親方が私物化することで、運営費や給与等に充てていると内部事情に明るい専門家は見ている。
 一方で、茶屋制度やタニマチという後援会からの不透明な資金があって、旧態依然とした親方制度を支えているとも述べている。

 いかに制度が古くて疲弊していたとしても、何も起きさえしなければ、わが国固有の伝統的な国技として、稽古のしごきもこれぞ本物の天才教育だと、誇りにさえ思うところだが、「しごき」に名を借りたリンチ殺人が起きたとあれば、黙ってはいられなくなるのだ。

 何が問題なのか?

 と、こういう真っ白な問題設定からのスタートは、ゴールまでの気の遠くなるような過酷な耐久レースがランナー?には余儀なくされるのは、いたし方のないことか。
 途中から提供される公判の情報は、ランナーの渇いたのどを潤してくれるだろう・・・。

 そういうブロガーの出現を期待しているが、ここではすでに述べた仮説を検証する意味で、ポイントを三点に絞った上で分析を行い、公判以後の精細な情報を待ちたいと思っている。

 まずは、17歳力士急死事件を生々しく伝える、報道記事の引用を行う。


耳は裂け腿に「根性焼き」痕 17歳力士急死zakzak06/29 16:33
トラックバックURL: http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/59720/TrackBack/

 大相撲名古屋場所を迎える愛知県の犬山市で、時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊)さん(17)=時太山=がけいこ中に急死した。新潟市内の実家に戻った遺体は、家族も正視できないほどひどい状態だったという。激しい稽古で鍛え上げるのが角界の常識とはいえ、根性焼きの跡も。何度も部屋からの“脱走”を図った斉藤さんに何が起きたのか。愛知県警では事件と事故の両面から慎重に捜査を進めている。

 「顔面は赤く腫れ、身体中にはアザとすり傷。耳は裂けていた。さらに太腿にはたばこを押しつけたやけどの痕が3カ所あった」。斉藤さんの叔父(44)はこう語った。

 新潟県の自宅に戻った遺体の惨状は正視に耐えられないものだった。「今は何も考えられない。頭がパニックになっている…」と憔悴(しょうすい)しきった声で話した父親(50)は血圧が200まで上昇し、寝込んでしまった。

 「お兄ちゃん子だった小学3年の妹は、遺体のあまりの惨状を目の当たりにし、全身を痙攣させ、半狂乱で『お兄ちゃーん』と叫んだ」(叔父同)。遺族は弔問に訪れた友人らにも、「とても見せられない」と、遺体と対面を断った。

 斉藤さんがけいこ中に倒れ、犬山市内の病院に搬送されたのは26日。午前中のぶつかりけいこ中に突然意識を失い、搬送先の病院で死亡が確認された。死因は「虚血性心疾患(急性心不全)」。愛知県警によると、全身に皮下出血やすり傷があり、肋骨(ろっこつ)の軟骨部分に骨折した跡があった。

 28日行われた新潟大病院での行政解剖は、「多発性外傷によるショック死が考えられる」との所見だった。

 「これまで体に異常は一切なかった。新弟子検査もパスしてるんだから心臓の疾患はとても考えられない」(叔父)

 斉藤さんは地元県立高校を2年で中退し、4月から時津風部屋に入門したばかりだった。叔父は「格闘技に興味を持っていた。同郷の知り合いがいた時津風部屋への入門を薦めた。ヤンチャな子だったから精神修行のつもりもあった」と話す。

 だが、修行の辛さに斉藤さんは6月に入り、3度脱走していた。

 5日前、千葉の親戚(しんせき)から金を借りて戻ってきた。「やるにしてもやめるにしてもちゃんと会って話さなければいけないと送り出した。今考えると、無理に行かせなければよかった」(叔父)。

 高校ではテニス部に所属。斉藤さんを知る学校関係者(49)は「体格がよく元気な子だった。これから活躍すると思っていたのに…」と語った。

 27日午後、自宅に時津風親方が事情説明に訪れた際、傷のひとつひとつについて遺族が「これもけいこでつくんですか」と説明を求めると、親方は「はい」と答えるのみ。「根性焼」の痕をただすと、口ごもりながらも「…うちにはたばこを吸う人間はいない」とだけ答えたという。

 行政解剖の結果に納得したという親族だが、「法的手段に訴えるようなことはない」としながらも、「今後は警察に任せます。今は捜査上の問題があるから何も言えない…。それで察してほしい」と語るのみだった。

 愛知県警犬山署は「死因から事件、事故の両面で捜査中」として、時津風部屋の力士らから事情を聴いている。

 イジメ殺人に関係する3つの仮説とは、次の通りである


I 願望の挫折によって、報復感情のはけ口を求めている。

J 出世コースから離脱したため、根源的な依存状態に陥っている(一言で言えば、「うつ」を患っている?)。

K 内的なボスとリーダーの分離に成功している(そして、かかるリーダーがひとりの女王をめぐって、独りよがりのヘゲモニー争いに参加している?)。

 先に、Jの「コースの離脱者」について説明すると、元双津竜親方は根源的な依存状態にある経済的ボスという言い方が許されると思っている。
 この場合の「離脱者」とは、ポスト待ちの浪人状態を指すべきか。
(彼ら根源的な依存者は、皆同じスタートラインに立っており、フライングを切った者だけが「あなたは今、人を殺しましたね」と、司法のアウト宣告を受けるのである)

 次に、Kの「内的なボスとリーダーの分離」は、不正確な言い回しになるが、(依存状態にあるボス的立場に反して)独立的な「監督」としての立場が殺人に関係していることは見やすいと思われる。これに父親との間で、入門した新弟子斎藤俊くん(17)をめぐる父親争いが内的に激化。これによって内的なリーダーが突出したために「リンチ」を自らが主導・牽引するような異常行動を生んだと考えられる。
 ここからは、新弟子の「私物化」が見て取れると思う。

 最後のIの「願望」は、次のような吐露によって、存在が確認できる。

>――時太山は、どういう力士だったのか
 時津風「正直言って、とても期待していたんですよ。うまく育てればモノになると思っていました。だから、合計3度、逃げだしていますけど、祈るような思いでメールを送ったんですよ。オレの期待を裏切らないでくれって。それだけに、ああいうかたちで亡くなったことが、本当に申し訳なくて…」

(時津風親方独占激白「若い衆には寛大な処分を」)
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60に手が届こうかという大の男が何の恥じらいもなく「願望」を口にすることそれ自体が、すでに異常事態を告げているといえようか。
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2007年10月21日

■大相撲とは、負けた力士を奉納する神事か?

■八百長相撲こそ神意に叶う?

>大相撲における八百長行為の歴史は深く、神事や占いとしての相撲では、「独り相撲」(力士は一人で土俵に立ち神と取り組む仕草をする。神の機嫌を取るため、わざと転がって負ける)や、凶作不漁の見込まれる土地の力士に勝ちを譲ることも普通に行われていた。江戸時代の木戸銭を取っての興行でも、力士の多くが大名のお抱えだったせいもあり、力士当人や主君の面子を傷つけないための星の譲り合いや、四つに組み合って動かず引き分けたり、物言いの末の預りの裁定なども多かった。(ウィキペディア「八百長」より)


> 2007年1月発売の週刊現代の「横綱・朝青龍の八百長を告発する」という記事において、朝青龍が白星を80万円で買っていたのではないかという疑惑が浮上。15回の優勝のうち、実に11回分の優勝は朝青龍が金で買ったものだとした。この報道に対し朝青龍は疑惑を完全否定。日本相撲協会は、八百長にかかわったとされる力士全員に事情聴取をしたが、全員が否定した。2007年2月8日に相撲協会は、週刊現代発行元の講談社と記事のライターに対して民事訴訟を起こした。但し、関取の付き人が東西の支度部屋を行き来し談笑するなど、周囲から公正性を疑われるような行為が協会にあったのもまた事実である。
同年5月に週刊現代は、2006年名古屋場所の千秋楽で、綱取りのかかった大関白鵬の師匠である宮城野が、朝青龍から300万円で星を買ったという旨の証拠音声を入手したと報道、同誌のウェブサイトでその音声を公開している。これに対し、宮城野は事実無根と否定した。日本相撲協会は7月9日、週刊現代を刑事告訴したと発表。(ウィキペディア「八百長」より)


 力士にとって負けることは、恥ではない。なぜなら、土で汚れてこそ神意に適うものであるからだ。

 この神意に適うものが八百長相撲なのだから、なんと言えばいいんだろう、呆れるということにしておくか。

 それにしてもあの千代の富士が現役時代に、八百長相撲に関係していたとは、ホンマ、呆れてものが言えん。

 とにかく今年の角界は、上記の告発記事に始まって、4月30日の豊ノ島の稽古中の骨折。
 9月の下旬ごろまで、朝青竜の母国でのサッカーがどうのこうのといった「品格」にからむニュースがやけに多いなあと思っていたら、突然、6月に起きた17歳力士急死事件が三ヶ月を過ぎて、トップニュースになるなど、腐れたというか、暗いニュースばかりで、大荒れ?


 ずっと大昔の話。アメリカがベトナム問題に介入を始めて戦争が泥沼化していた頃、頻繁に宇宙ロケットを打ち上げていた。
 これには裏があると暴露したのが、ひとりのジャーナリストだったか。確か、国民の目が空に向いているときに、ベトナムでの空爆が激化していたとのこと。

 相撲協会がこんな手の込んだことをやっていたとは思いたくないが、悪漢と目された力士が外国人力士の場合、いま少し慎重な取り扱いが必要ではないかと思っている。

 なぜなら、奉納の餌食にされやすいからだ。
posted by 9組の秋六 at 19:06| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

■大相撲とは、神事としての国技か、あるいは、単なる格闘技か

 大相撲ファンならば、上のタイトルにあるような質問をするとまずは両方と答えることだろう。しかし、私はあえて異説を提示する。
 私の考えによれば、輪島関がいた頃までが「神事」としての大相撲であり、千代の富士の出現によって「格闘技」と様変わりしたのである。

 今、この是非について論ずる気が失せているのが、残念だ。
 だが、この二つの見方を持つことによって、事件の本質が見えてくることをば付け加えておきたい。

 たとえば、稽古中に朝青竜関が格下の力士を怪我させたとする。この場合は、どちらの論理に依拠するかによって、意見が二つに割れるはずだ。

 横綱が格下の力士に対して胸を貸すといえば、一見は麗しい話だが、プロの厳しい世界では考えられないことだ。手が汚れるからだ。
 仮に、世界チャンピオンのプロボクサーが新人ボクサーを対戦相手に選んだとすれば、「かませ犬」としてのことで、壊されることを覚悟する必要があるだろう。

 これに対して、大相撲は「神事」という考え方に依拠するならば、横綱は格下の力士に対して胸を貸すべき義務等が生じ、稽古の最中に傷害を負わせた場合は、医療費など弁償すべきという考え方が生まれたとしてもおかしくはない。

 いずれにしろ、元双津竜親方は、大相撲とは「神事なり」の立場から高砂部屋に怒鳴り込んだと考えられる。
 この場合に問題とすべきは、そもそも「神事とは何か?」ということではなく、親方にとって「神事とは何か?」であろう。

 さらに、テーマを絞り込むならば、親方自らが犯した17歳力士のリンチ殺人において、その手を「汚した」と認識できたかどうかである。
 確かに、口では「悪かった」等といっているが、実際は、リンチ殺人を神へのお供え程度にしか考えていないのではないか。

 とすれば、親方の手は「ゴッド・ハンド」と認識していたことになるが、どうだろう?
posted by 9組の秋六 at 03:58| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

「双津竜問題」■朝青竜問題と17歳力士急死問題の双つ(^^;

最初は、思い出から

 考えてみるに、この二の問題は、表裏一体である。というのは、「名」に神が宿るが故に、「名」は大切にされる一方で、ボデイは切り捨てられる、というわが国の伝統的な名神?信仰が極端な形で顕われているからだ。

 朝青竜の件は、「名」の問題を取り除いてしまえば、残りはさしたる問題ではない。
 たとえば、稽古中に部屋の力士が休場に追いやられるほどの怪我を負わされたので、双津竜親方が高砂部屋に怒鳴り込んだという武勇伝が伝えられているが、相撲協会から下りる金の問題が絡んでのことであろう。
 やむをえざる正義の行使と思ったら、火傷をするぞ。

 千代富士も現役時代は、後に横綱になる若貴兄弟を新弟子時代の稽古で痛めつけている。
 理由は、横綱への恐怖心を体で覚えさせるためと聞いている。

 やがて新弟子は瞬く間に出世し、横綱の地位を脅かすまでなった。

 私は千代富士が引退を決意させたであろう、貴乃花関とのあの大一番が今でも忘れられずにいる。
 両者は、胸を合わせていた。貴乃花に気負いはなかった。大横綱と胸が合わせることができただけで満足といった顔つきだった。しかし、千代の富士は、そうではなかった。
 小細工は捨てて、真っ向勝負で臨んだが、がっぷりと組んでみると劣勢が明らかだった。
 まわしに届いた右腕と左腕に交互に力を入れて揺さぶりをかけてみるが、まるで動じないのだ。
「刃が立たぬ」とは、こういう時に用いるものかと思えるほどだった。
 次第に、横綱の顔にあせりの色がにじんできた。
 最後は、新進の力士に押し切られた。

>1991年5月場所が始まる前の最大の注目は、3月場所に幕内下位ながら終盤まで優勝争いに加わった弱冠18歳の貴花田と、大横綱千代の富士との初対戦であった。何日目に対戦するかが話題となる中で、誰も予想しなかった初日に取組が組まれた。これは当時審判部長だった九重が「勝ち負けが全くついていない、まっさらな状態で対戦させたい」との思いからであったが、千代の富士はこの取組に敗れ、その2日後に引退を表明。ある意味、自らの師匠が招いた引退とも言える。この取り組みは後に、漫画に描かれてもいる。 (ウィキペディア「千代の富士」)より

 今思えば、貴乃花とは、日本国憲法を象徴するような、防御一辺倒の名横綱であった。


 角界の「黒いウルフ」こと千代富士も頭角を現すと、当時の横綱輪島関を引退に追いやっっている。
 輪島との対戦で、例によって黒いウルフがガンを垂れると、「小兵力士のなんと生意気な!」と思ったかどうかは定かではないが、はげしく睨み返した。
 その時の輪島の顔を絵文字で表すと、(><^)メッな顔で、ド迫力満点だった!!

 輪島の過剰なリアションは、黒いウルフには想定外だったようで、こいつには負けたとでもいうような、白っ茶けた顔をしていたな。

 ところで、この一件こそ横綱の品格に泥を塗ったといえるのではないか。

 それまでの輪島は、「品格」という目に見えぬバリアに護られていると思って、いわばおウチの中でぬくぬくと寝起きしていたことであろう。
 が、突如として出現した黒い若武者の狼藉によって、聖なるイメージが無残にも剥ぎ取られたのだ。
 所詮は、輪島もヒトの子だったというわけ。

 雌雄を決する千代富士との大一番は、どちらに軍配があがったか失念したが、場所後の輪島の引退は、力の衰えからではなかったと見ている。
 横綱という「品格」を挑発に乗ったとはいえ、自らが汚したことへの自省からではなかったのか?
 それも「私情」でもて土俵を汚したという思いからの・・・。

 あるいは、己の内部に潜む、深淵を覗いたのかもしれぬ。


 輪島関の引退後の足取りが定かではない。廃業し、プロレスラーに転向し、テレビ出演と・・・いわゆる波乱万丈の生き方をなぜ選んだのか、となんとまあ〜気になる気になる御仁であることか。
posted by 9組の秋六 at 05:45| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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